20歳でJR完乗を目指す、或る鉄ヲタの日記

2007-03-25九州旅行3日目

行程

この日のダイヤはすべて平常通りだったのですが、

前日の乗りつぶしの関係で諫早までの行程を変更しました。

発駅発時刻列車種別行先列番車番着駅着時刻距離(km)備考
博多8:41普通直方2628Hクモハ817-1007飯塚9:2332.8 
飯塚9:34快速直方4620Hクハ813-117新飯塚9:361.8 
新飯塚9:40快速博多4625Hクハ816-1014桂川9:507.7 
桂川10:06普通原田6625Dキハ31-5原田10:3620.8 
原田10:39普通鳥栖1187Mモハ813-1003田代10:527.7 
田代11:13快速荒木3193M813系鳥栖11:151.2 
鳥栖11:36普通長崎2845Mクモハ817-26肥前鹿島12:4854.6 
肥前鹿島12:57特急かもめ19号長崎2019Mモハ885-2諫早13:3645.8 
諫早13:54普通加津佐125キハ2501加津佐16:2478.5 
加津佐16:48普通諫早136キハ2501口之津16:542.7口之津港へ
口之津港17:45島原鉄道フェリー鬼池港  鬼池港18:15  
鬼池港18:38九州産交バス本渡BC  本渡BC19:06  

天草YH泊。


総乗車距離

本日分累計
253.61109.8

新規乗車区間

  • JR路線
    • JR九州
      • 篠栗線(完乗) 桂川~吉塚(25.1km)
      • 筑豊本線(〃) 新飯塚~原田(28.5km)
  • その他の私鉄・公営鉄道
    • 島原鉄道
      • 島原鉄道線(完乗) 諫早~加津佐(78.5km)

旅行記

 8:00に旅館を出た私とS君は、

地下鉄祇園駅からの地下道を経由し博多駅へ。

私はまず、みどりの窓口で、ワープに使う特急券+乗車券を買った後、

改札で日付を押してもらうと、篠栗線の列車が発車する9番乗り場へ…

上がりたいところですが、朝食がまだで、9番乗り場には売店がないので、

他のホームに上って立ち食いうどんをかきこみました。

食べ終わると9番乗り場へ行き、篠栗線(福北ゆたか線)の直方行き普通に乗車。


 篠栗線は博多の次の吉塚からです。

しばらくは住宅密集地を通ります。

この辺りは福岡市のベッドタウンとなる、粕屋町や篠栗町です。


 ちなみに篠栗町は~ なんとぉ~…

 

 申し訳なさそうに値段を言う北社長が出演するテレビショッピングで有名な、

 トーカ堂の本社の所在地ぃ~。


 てなわけで篠栗の前後でトーカ堂の本社らしき建物をチョロっと探しましたが、

当然そう簡単には見つかりませんでした。


 篠栗を出ると、列車はだんだん山間へ入っていきます。

そして短いトンネルを2つ抜けると、筑前山手駅があります。

この駅の構造は少し変わっていて、高架上に作られたホームと地上を、

白い巨●のような建物に包まれた、80段の階段が結んでいるというものです。

同じ構造でさらに上をいくものに、島根県の三江線・宇都井駅があります。

これは116段で、さらに白い●塔っぽい外観です。


 話がそれました…。

篠栗線の列車は城戸南蔵院前を過ぎると、短い路線にしては珍しい長大トンネルの

篠栗トンネルを抜け、九郎原(くろうばる)へ。

この辺りは以前は筑穂町でしたが、平成の大合併で飯塚市になりました。

その飯塚市の代表駅・飯塚駅へ鉄道で向かうには、

桂川(けいせん)駅のある桂川町を通らなければなりません。


 その飯塚駅で私だけ途中下車。ここからS君と別行動です。

このあとS君と再合流するのはなんと翌日の熊本です。

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途中下車の目的は↑の木造国鉄型駅名標です。

ある声優さんと名字が同じという理由で「巡礼」と称して

降りられる方が何人かいると聞きましたが関係ありません。

(いちいち言い訳するところが痛いよ俺。)


 そして次の快速直方行きで新飯塚へ。これで筑豊本線の電化区間完乗。

あとは桂川まで引き返し、閑散区間の原田(はるだ)線に乗り換えます。

10:08の列車を逃すと次の列車は4時間半後です。


 列車は昨日の後藤寺線の列車と同系のキハ31の単行です。

桂川を出ると、田園地帯を走ります。

車窓そのものは他のローカル線と変わりませんが、

1日数本の閑散区間ということでしっかり目に焼き付けておきます。w

この筑前内野・上穂波周辺も合併で飯塚市になりました。

要はこの辺りに残っている「町」は桂川町くらいだということです。


 30分くらいで原田到着。以降、本日乗るJR線は全て既乗区間です。

しばらく待って快速に乗っても良かったのですが、すぐの連絡の普通に乗車。

鳥栖からの長崎本線の列車まで時間があり、

普通しか止まらなくて、降りたい駅があるからです。


 その名は…、田代駅。鳥栖の1つ手前です。

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実はこの田代駅は九州で最初に開業した鉄道の駅のうちの1つで、

数年前までは開業以来の古い駅舎があったのですが、建て替えられました。

古い駅舎がなくなっても、その駅で降りたい理由が私にはあったのです。

はっきり言って、普通の人にとったら邪(よこしま)な理由ですが…。


 ここには委託の駅員さんがいらっしゃって、

せっかくならここで旅行終盤の九州新幹線の切符を買おうと考えました。


 買った後、委託の駅員さんが私に話しかけてくれました。

次の列車まで時間があったので、しばらく話をしました。

邪な理由で降りたのが申し訳ないくらい、とてもいい駅員さんでした。

以前、廃止前の北海道ちほく高原鉄道・足寄駅でこれも邪な理由で

途中下車したのですが、そこで気さくなおばあさんに出会って、

いい思い出になったことがあります。


 話を元に戻して、列車の発車時刻が近づいたのでホームに戻ると、

駅員さんは「いいご旅行を!」と声をかけてくださりました。

降りてよかった、と思いました。

 

 普通(博多まで快速)で鳥栖へ。ここでは駅弁を買いました。

以前焼麦(しゃおまい)弁当をこの駅で買ったので、

今回は「肥前路弁当」を買い、普通・長崎行きに乗車。

今までの行程でも結構乗って、これからの行程でも結構乗ることになる、

817系です。JR化以降の普通列車では割とお気に入りな車両です。

しかしこの後、この車両の中であんな事件が起こるとは、

この時点では知る由もありませんでした。


 列車は45分で佐世保線との分岐駅、肥前山口に到着。

本来の計画では、時間はもう少し早いのですが佐世保線に乗り換えて、

早岐、大村線経由で諫早に向かう計画でした。今はどうでもいいですね。

で、ここで13分停車するので、せっかくなので2年前の「最長片道切符」の

記念碑を見るためにいったん列車を降りて改札を出ました。

この行為が後に命取りになるとも知らずに…。


 ↓がその記念碑です。

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カメラを縦にして撮ればよかったと後悔しました…。

まぁこれもどうでもよいことなので聞き流してよ?(Yゼミの某講師風味)


 そして自分の列車の自分の席に帰った私が見たものは!!

いつのまにか取っていた席が2人組のヴァ…いや若者に取られていました。

命取りではなく席取りだったわけですが(くだらねぇ)、

敗因(?)は荷物を網棚と座席の下に置いていたことでしょう。

2人組はその2つの荷物に気付かなかったと思われます。

仕方ないのでその荷物を強引に引きずり出して、私は扉横の補助席に座りました。

どうせ肥前鹿島で降りるんだからまぁいいや、って思ってました。


 しかしこのあと2人組は、転換クロスをボックス状にした後、

2人そろって進行方向に対し後ろ向きに足を伸ばして座るという、

私にとっては意味不明な行動をしていました。しかしそもそも、

普通の人にとっては意味不明な行動が多い私がいう義理はありませんが…。


 祐徳稲荷の玄関口、肥前鹿島で、特急かもめ19号に乗り換えます。

「白いかもめ」885系に初乗車。発車して早速、軽快な走りを見せてくれます。

そして3駅次の肥前飯田で、さっきまで乗っていた普通電車をあっさり抜かし、

さっきの2人組に(ざまぁみろ!)と思いました。幼稚ですね私。

ていうかその前までに降りられてたら意味ないし。


 しばらくすると、車窓には美しい有明海が広がります。

海が線路の下ぎりぎりまで迫っている区間もあって楽しい車窓でした。

長崎県に入ると、そこに島原半島の雲仙岳が加わります。

林から急に海越しの雲仙岳に変わるというダイナミックな車窓もありました。


 13:36、諫早に到着。島原鉄道はお乗り換えです。

既に加津佐行き列車はホームで発車待ちをしていて、席も割と埋まっていました。

運転士さんから島原鉄道の1日乗車券を買います。

これは口之津~鬼池間のフェリーも使える便利な代物です。

海側の席が埋まっていたので山側に座りました。どっちも楽しめる路線ですね。

この先、島原鉄道は南島原までは本数が多めで乗客も多いです。

しかし、南島原以南は本数が半減し、残念なことに島原外港以南は、

2008年3月一杯での廃止が予定されています。終点(予定)が島原外港に

なったのは、島原港の最寄り駅であり、そこから熊本や三池(大牟田市)までの

フェリーや高速船があるからでしょう。

実はこの旅行の計画はだいぶ前から立てていて(暇人か)当初の計画では

加津佐に行ってから、ここから三角までのフェリーに乗る予定だったのが、

2006年8月に三角~島原航路が廃止になったのを受けて、

口之津から天草へ向かう予定に変更しました。


 話を元に戻します。

島原付近でようやく雲仙岳の一部・眉山が見えます。

南島原にはここを終点とする列車が多いので、留置線が数本あり、

そこには国鉄色のキハ20形も止まっていました。


 瀬野深江付近で、雲仙岳の主峰・普賢岳と最高峰・平成新山が、

はっきりと見えるようになります。

雲仙岳といえば1990年代前半の普賢岳による噴火被害が記憶に新しい…といっても、

私は当時3、4歳で大体のことは後になって聞いているのですが、

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見にくいですが↑の写真を見ると山肌に草木の様子はなく、

このあたりの火山活動が活発だったことがわかります。

そうはいっても、手前には畑やビニールハウスが並び、

今では平穏な生活が戻っているようです。


 島原鉄道の旅の終盤、島原の乱の舞台を走ります。

原城は、その名の通り、島原の乱の最後で天草四郎率いる一揆軍が

立て籠もった原城の最寄り駅です。

そして諫早から列車に揺られること2時間半で終点・加津佐到着です。

折り返しまで20分の間、周辺をウロウロした後、

再び列車に乗り、2駅次の口之津で下車します。

口之津港は駅の目の前にあり、既に天草・鬼池港行きのフェリーが

出発直前でしたが、急いでいないのでそれを見送りました。


 フェリーの待合所は島鉄バスの営業所も兼ねていました。

ここでバスの路線図を見ると、島鉄バスは島原半島全域を

カバーしていることがわかります。

鉄道の走っている部分はほとんどバスと並行しているので、

鉄道って必要なのかな?っとちょっとだけ思いました。

口之津から諫早に行く場合、半島西側の小浜経由のバスの方が便利そうです。

ただ、バスは道路状況に左右されますし、やはり安定した交通機関として

鉄道は必要だと思います。


 個人的意見を垂れ流してスマソ。

私は17:45発のフェリーで島原半島を離れました。さようなら~

ちょうど夕日が海に沈むところで、西側から素晴らしい景色が見られました。


 18:15、鬼池港に着きました。

ここから天草の中心・本渡行きのバスに乗るのですが、小さい港なので

バスロータリーのようなものはなく、動かせそうなバス停がありました。


 18:38にバスが来ました。乗り込んだのは私一人で、乗客もわずかで、

途中のバス停を通過しまくって、19:00過ぎに本渡バスセンター(BC)着。


 ここから徒歩で天草YHに向かいます。

途中から真っ暗な道があって、携帯のライトを活用しながら、

BCから20分くらいで到着しました。


 初めに言っときます。

ここのペアレントさんはすごいです。

私は「天草のノストラダムス」と呼ぶことにしています。

どんな人か気になる人は実際行ってみればわかります。

私もまた天草に行くことがあれば、ここに泊まるでしょう。


 てなわけで25日終了~。1人ぼっちの夜だけど…、寂しくなんかないんだからね!


おまけ:島鉄フェリーのフェリーくちのつ

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